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仙台地方裁判所 昭和62年(ヨ)540号 決定 1988年7月01日

債権者

高平剛士

他六名

右七名訴訟代理人弁護士

吉岡和弘

山田忠行

鹿又喜治

青木正芳

荘司捷彦

債務者

東北造船株式会社

右代表者代表清算人

近藤重信

右訴訟代理人弁護士

三島卓郎

岩井國立

真田昌行

主文

本件申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者らの負担とする。

理由

第一当事者の申立

一債権者ら

1  債権者らが債務者に対して、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮りに定める。

2  債務者は各債権者に対して、昭和六二年九月二〇日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日に別紙債権者個人表平均給与額欄記載の各金員を仮りに支払え。

二債務者

主文同旨

第二当裁判所の判断

一被保全権利について

1  債権者らの地位、解雇の意思表示等

債務者会社は、頭書肩書地に本社工場を、多賀城に工場を有し、昭和六二年八月三〇日現在で従業員四一六名を擁していた、船舶の建造販売及び修繕、鉄骨、橋梁の製造、販売等を主たる営業目的とする株式会社であつたこと、債権者らは右債務者会社に雇用されていた労働者で、債務者会社の企業内組合であつた東北造船労働組合(以下、東造組という)の組合員であつたが、昭和六二年八月二六日宮城一般労働組合に加入し東北造船支部(以下、新組合という)を結成しその組合員となつていること、ところで、債務者会社の就業規則六六条一項七号に解雇事由として「業務上の事由があるとき」と定められていたところ、債務者会社は債権者らに対し、同年九月一一日付内容証明郵便による解雇通告書(その頃債権者らに到達)によつて右就業規則の定めにより同年九月二〇日をもつて解雇する旨の意思表示をした(以下、本件解雇という)こと、なお同年七月三〇日に申請外東北ドック鉄工株式会社(以下、ドック鉄工という)が設立され、債務者会社の前記従業員のうち債権者らを除く一一八名が雇用されて、同年九月二二日から債務者会社が船舶の修繕、鉄工業等を行つていた土地設備等を用いて同様に船舶の修繕、鉄工業等の事業を行つていること、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  被保全権利についての債権者らの主張の要旨

債権者らの主張は、本件解雇は債務者会社の解散を前提としているが、ドック鉄工は債務者会社によつて設立された会社で債務者会社と実質的に同一会社であり、債務者会社が新造船部門から撤退し事業を縮小する一方法として会社解散、新会社設立という法的手段を用いたにすぎず、右解散とこれに伴う事業廃止は偽装というべきであるから、ドック鉄工で採用しない債権者らに対する解雇は、その実質は整理解雇にほかならず、整理解雇の四要件(①整理解雇を行なわなければ企業の維持、存続が困難となる程度の必要があること、②解雇回避のためにあらゆる手段を尽くしたものであること、③整理解雇者の選定基準が客観的、合理的であること、④整理解雇の必要性、基準、時期等について組合及び労働者に説明し協議を尽くす)を充足しなければならないところ、いずれの要件も充足していないばかりでなく、「会社解散、全員解雇」の方針を受け入れず、希望退職に応じない債権者らに対しては、再就職先や爾後の生活保障等について全く配慮することなく、解雇したもので、本件解雇は解雇権の濫用であつて無効というべきであり、仮に然らずとしても、右解雇は債権者らの正当な組合結成とその活動を嫌悪して債権者らの団結権、団交権を侵害する意図をもつてなされた不当労働行為であつて無効というべきであるから、債権者らは依然として債務者会社に対し雇用契約上の権利を有する地位にある、というものである。

3  当事者間に争いのない事実並びに疏明資料により検討した事実関係は次のとおりである。

(一) 債務者会社の解散に至る経緯と事情

(1) 債務者会社は、先のとおり船舶の建造、販売及び修繕、並びに鉄骨・橋梁等の製造・販売等を主たる営業目的とする資本金二億五三三四万四〇〇〇円の株式会社で右の事業を営むため、新造船、修繕船、陸上鉄構の三製造部門と管理部門とで業務を分担して事業をすすめていたが、主力事業は新造船部門であり、特にその中でもハンディ・タイプと呼ばれる二万トン(載荷重量トン)ないし三万四〇〇〇トンの外国航路向け撒積貨物船及び一般貨物船の建造が経営の中心となつていた。すなわち、右新造船部門は黒字経営時における売上高全体の約七〇パーセントを占め、又従業員も事務・技術員七五名、作業員一二九名と半数近くの者が配置されていた。

(2) 債務者会社が主力製品としている右のハンディ・タイプ貨物船は、主として中小海運会社が発注元であるが、大手海運会社に比して企業規模の小さいところほど業界の好況・不況によつて経営に影響を受ける度合が大であるため、債務者会社らハンディ・タイプ貨物船の建造を主たる事業としている中小造船会社は、近年の海運業界の不況の影響をまともに受け、しかも外国航路向け船舶は、国際商品たる性格を強く持ち、その建造を受注しようとする場合は、常に韓国その他、国外の造船会社と価格競争を余儀なくされるばかりでなく、船価の決定基準となる海上運賃がドル基準で決定される関係上、それら船舶の価格が円換算で決定されるため、その受注価格は近年の円高ドル安の影響を強く受けざるを得ず、受注競争が激化していることも加わつて近年船舶の受注価格は低下の一途をたどり、大きな打撃となつていた。

(3) 既に我国の造船業界は、第一次石油危機に端を発して構造的不況に陥り昭和五四年に政府指導のもと全国規模で造船設備の三五パーセント削減を実施しており、債務者会社もその際希望退職を含む大巾な合理化を行つたが、右のような施策が効を奏したこととその後市況がやや好転したことが相まつて、同社は、昭和五七年度(事業年度は当年四月一日から翌年三月三一日まで)に採算ベースの年間八〇億円の売上高を超える約一一〇億円の売上高を上げ、それまでの累積損失を解消することができたものの、同年中頃から、前項の海運不況による影響により新造船の需要が大巾に減退したため、国際的な過当競争を招き、労務費の安い発展途上国における受注活動の活発化もあつて、受注船価は極端な値下がり傾向を示すようになり、更に、比較的堅調であつたハンディ・タイプの撒積船の分野で、一部の有力船主が、それまで大まかな船価の目安であつた載荷重量トン当り一〇万円という船価を大きく下回る八万円程度で大量に安値見込発注を行い、一部の造船所がこれに応じて原価以下での安値受注を行うという異常な現象が生じた結果、その後における同タイプ船の価格の大幅な下落と船腹の過剰による発注量の減少を招くに至つた。

(4) その結果昭和五八年から同六〇年までの債務者会社における新造船部門の業績は、売上高比一三パーセント以上の粗利益を計上できなければ赤字決算となるところ、

(年度)  (売上高)   (粗利益)

五七年度 約一一〇億円 約二六億円

五八年度  約八八億円 約一〇億円

五九年度  約七四億円 約四億円

六〇年度  約九三億円 約七億円

となつて、右割合以上の粗利益を確保できず、赤字決算の大きな要因となるに至つた。

また債務者会社における最もコスト効率の良い適性操業時間は年間六〇万時間程度とされている(船種、船型により異なるが、三万四〇〇〇DWT型撒積船三隻と小型船一隻を建造する時間数に相当)ところ、実際の操業時間は、次のとおりであつた。

五七年度 七四万一〇〇〇時間

五八年度 五八万時間

五九年度 五八万九〇〇〇時間

六〇年度 五四万時間

(5) 右のように業績が悪化の一途であつたため、昭和五八年度から再び損失を出すようになつたが、同年度から昭和六〇年度までの経理状況は次のとおりであつた。

営業年度

昭和五八年度

昭和五九年度

昭和六〇年度

経常損益

三二

△六〇三

△四四五

当期損益

△三二

△一六八

△四四七

累積損益

△三〇

△一九八

△六四五

金額単位は一〇〇万円

△は損失を示す

なお昭和五七年から同五九年までの三年間に約一一億円の設備投資を行い、それがこの間の損失を増大させた要因の一つとなつていることは否定できないが、右投資は例えば修繕船桟橋の新設など修繕船file_5.jpg留能力の増強のため当時緊急に必要としたものであり、その後の業績向上に寄与していた。

(6) 昭和六一年度当初の我国造船業界においては、今後数年間新造船需要の大巾増加は期待できず、従来使用していた船舶に代わる代替需要が大きな比重を占めるものと予想される状況となり、受注船価の方も昭和五六年度に比して六〇パーセントも落ち込み、さらに下落することが予測されていた。

そこで、造船各社は、生き残りをかけて希望退職の募集や経費の節減等大巾な合理化を推進しなければならなかつたが、債務者会社もその例外ではなく、昭和六一年初め頃の時点で、新造船の受注残工事は三隻あつたものの、そのうち、二隻はハンディ・タイプクラスの撒積船が受注できないため赤字覚悟で受注した七五〇〇DWTのセメント撒積船という小型のものであつたため、当年度の操業時間は、適正操業時間の約半分にまで低下することが避けられない状況となり、右赤字受注と相まつて同年度は前年度を大きく上回る経常損失が避けられない見込みとなつた。

(7) 債務者会社は既に資産売却により損失の縮小を計る一方、原価低減運動や休日振替制度等の就労対策、役員報酬のカットなどの合理化施策を実施していたが、右のような状況となつて、急な会社再建施策の実施が必要となり、昭和六一年四月に労働組合との団体交渉の結果、年間の操業時間を四〇万時間と見込んでの経営合理化を行うこととなつて、高齢者の勇退、希望退職者の募集による一三〇名の人員削減、労働時間の一日三〇分延長等の外引続き役員報酬のカットや役員数の削減などの施策を実施した。

(8) しかしながら、昭和六〇年秋頃から始まつた円高の傾向は昭和六一年後半になつて急速且つ大巾に進行し、為替レート一ドル二四〇円台であつたものが僅か半年の間に一ドル一五〇円台にまで高騰したため、既にかなりの低水準にあつた撒積船の船価を更に四〇パーセント引き下げなければ受注できないという状況となつて、仮に受注できても大巾な赤字が予測される事態となり、一方発注者の海運会社の業績も円高の進行によつて更に悪化し、既契約船の建造中止が相次ぐ状況となつたことから、造船業界を巡る環境は一段と厳しいものとなつた。

そのため債務者会社の昭和六一年度の操業時間は、目標時間である年間四〇万時間を大巾に下回る約三〇万時間に落ち込んだうえ、受注の方も、引き合いがあつて期待された中国船は円高のため見通しが立たなくなり、昭和六二年一月に至つて受注した従前よりも更に低い船価でのセメント船一隻にとどまつた。

(9) 右のような状況から、債務者会社の昭和六一年度の総売上高は前年比三四パーセント減の約八四億円(新造船部門約五四億円)にとどまり、赤字圧縮のため持株を売却したものの、経常損失で約七億一三〇〇万円、昭和六一年四月に実施した希望退職による退職加給金約三億三〇〇〇万円の特別損失を加えると、当期損失は約一〇億四四〇〇万円となつて、累積損失は約一六億八九〇〇万円となり、債務超過額は約一四億三六〇〇万円に拡大するに至つた。

そして、割引手形を含む年度末借入金残高は九一億二九〇〇万円で、前年度末の九三億七三〇〇万円に比し若干減少したが、経営規模(売上高)が小さくなつたにもかかわらず、赤字運転資金が増加したため、使用総資本に占める借入金の比率は、昭和六〇年度七六パーセントであつたものが昭和六一年度には八六パーセントと大幅に上昇し、それだけ財務体質が悪化するに至つた。

(10) そして、六二年度以降における新造船の受注状況の見通しも、造船業界の予想を遙かに超える急速且つ大巾な円高の進行と定着(昭和六三年五月末日現在では一二〇円台となつていることは公知の事実である)によつて、債務者会社の船台に合わない一部大型船を除き、前記(8)項の受注船価の低落傾向や海運会社の経営不振による新造船建造需要の減少傾向が更に促進される状況のため債務者会社が得意とするハンディ・タイプ撒積船の需要は今後相当期間殆ど期待できなくなり、また昭和六一年度中の受注が期待された中国船も、大巾な円高の定着によつて値段が折り合わず、受注の見通しは全く立たない状況となるに至つた。

セメント船については前記(8)のとおり六二年度に一隻受注しているがこれは船主に懇願して六三年度受注のものを前倒し受注して貰つたものであるうえ船価の低い七五〇〇トンの小型船のため、債務者会社の新造船部門を支えることはもともと期待できないものであつた。

(11) ところで、新造船の受注は、初期引合いから基本計画、仕様打合せ、船価交渉と契約成立まで長期間を必要とするとともに、契約から部材の船台への搭載(起工)までに、設計、エンジンその他の主要器材の発注、内業加工の各段階があることから、船舶の大小によるものの契約締結から起工まで概ね一か年を必要としており、従つて、翌年度の業績は前年度までの受注活動の結果によりほぼ決定されていた。

それ故六二年度は、前記受注難により六一年度受注のセメント船一隻の新造船建造工事しか予定がなく同船が竣工予定の昭和六三年一月以降は、前記(1)項の新造船部門の従業員、少なくともそのうちの作業員一二九名は確実に余剰人員となる見込みとなり、同年度の操業時間も年間一〇万時間にも達しない事態が予想されるに至つたが、だからといつて操業を維持するためだけに赤字受注しても将来の見通しが立たない状況のなかではいたずらに損失を重ねるだけであつたことから、新造船部門の事業継続は事実上不可能な事態となりつつあつた。

そして、右のような状況から、同年度には約一五億円の損失が上積みされ、累積損失が資本金の一〇倍の三二億円という巨額の債務超過となることが確実視されるに至つた。

(12) なお債務者会社の修繕船部門は、東北、北海道地域に本拠地を持つ海上保安庁等の官公庁船、遠洋漁業船、当該地区の水域を航路とする内航船の修繕を主たる営業とし、その需要は比較的安定していたが、しかし国際問題にからんで遠洋漁業の操業がかなり制約を受けるようになつて船主の経営が悪化し、漁船の修繕は減少傾向にあり、また造船所間の過当競争によつて修繕費が低落化してきたため、今後採算的にますます厳しくなることが見込まれる状況であつて、大巾な合理化が必要となつていた。

なお右修繕船部門の業績は次のとおりであつた。

年度

売上高

粗利益

昭和五八年度

一八億〇六〇〇万円

三億六〇〇〇万円

昭和五九年度

一三億五〇〇〇万円

二億一四〇〇万円

昭和六〇年度

一七億六一〇〇万円

三億〇五〇〇万円

昭和六一年度

一六億三三〇〇万円

二億〇六〇〇万円

(13) 又債務者会社の陸上鉄構部門は、主に宮城県内における橋梁・水門などの公共工事及びビル鉄骨などの製作工事を行つており、宮城県内では、申請外東北鉄骨橋梁株式会社に次ぐ地位を占めていたが、売上高、粗利益とも毎年大きく変動する不安定な事業で、売上高に対する粗利益率も極めて低く、粗利益を計上できなかつた年もみられるところ、今後比較的利益が上り受注も安定している官公庁工事の大巾な増加は期待し難く、売上高の四〇パーセントを占める鉄骨工事も東北新幹線工事完成後大巾に仕事量が減少し、過当競争となつた結果価格が極端に低下し採算が悪化してきており、今後も好転は余り期待できない状況であつた。

しかも六一年度は、従来陸上鉄構部門で取得していた建設業許可の更新時期にあたつていたところ、先のとおり三期連続の赤字決算であつたため、従前からの特定建設業の資格を得ることができず、一般建設業の許可しか受けられなくなつたことから、一〇〇〇万円以上の工事を下請発注することができなくなるに至つた。

右陸上鉄構部門の業績は次のとおりであつた。

年度

売上高

粗利益

昭和五八年度

九億四八〇〇万円

八三〇〇万円

昭和五九年度

一一億五七〇〇万円

一億〇二〇〇万円

昭和六〇年度

一七億七八〇〇万円

△二二〇〇万円

昭和六一年度

一四億二〇〇〇万円

九一〇〇万円

(14) 債務者会社の修繕船部門及び陸上鉄構部門は、いずれも右のとおりの状況であつたため、更に事業の拡大を図るのは困難であり、右両部門の利益で前記累積損失の改善を図ることは期待できなかつたばかりでなく、昭和六二年三月末時点における債務者会社の金融機関からの借入金は、割引手形分を含め九一億二九〇〇万円にのぼり、その金利負担は年間約五億〇七〇〇万円となるが、右両部門の収益は前記のとおり粗利益段階で合わせて約二億九七〇〇万円にすぎないので、金利の支払にも不足する見込みであつた。

また会社が事業を継続して行くために必要な一般管理費は債務者会社において約七億円必要としていたが、右両部門のみでこれを負担できないことも余りにも明らかであつた。

従つて、大巾な人員整理等の合理化を実施したとしても、右両部門による事業継続は極めて困難な見通しであつた。

(15) しかも先の通りの経営状態と財務状況のため、金融機関は債務者会社に対して例え親会社である日本鋼管株式会社(以下、日本鋼管という)の債務保証があつたとしても納得するに足る返済計画を示されなければ新規融資に応じられないという厳しい態度で臨むようになり、債務者会社はそのような返済計画を示せずに、融資を受けることにも窮する事態となつた。

(16) ところで、先の通りの我国造船業界の構造的不況に対処するため、政府は昭和六〇年一〇月海運造船審議会に対し諮問していたが、同審議会は、昭和六一年六月、今後大巾な新造船需要の増大は見込めず代替需要が大きな比重を占めることとなるため、昭和六〇年度の全国の新造船実績が五四〇万トンであつたのに対し今後数年間は、それが年間三〇〇万トンと低迷することが予想され、その後も年間五〇〇万トン前後を維持するのが精一杯と思われること、船舶の受注価格も、標準貨物船換算トン当たり価格が昭和五六年度に三五万三〇〇〇円であつたものが、昭和六一年度には二〇万四〇〇〇円まで低落しており、今後とも低下傾向を続けると思われること、等を指摘し、業界全体として過剰設備の削減、産業体制の整備、事業転換の促進等をはかるべきであるという答申を行ない、これを受けて政府は、特定船舶製造業経営安定臨時措置法(以下、臨時措置法という)を制定し、昭和六二年四月一日これを公布、施行した。右措置法には、特定船舶製造事業(特定船舶製造業安定事業協会法第二条第一項に規定する事業)の経営の安定をはかるため、右事業者(同法第二条第二項に規定する事業者)が行なう整備の処理や事業提携等について特定船舶製造業安定事業協会(以下、安定協会という)が買収や債務保証等を行なつて、その推進をはかる旨定められており、政府は同法の活用により造船各社がグループ毎に二〇パーセントの設備削減を行うよう、又安定協会による設備買上げや債務保証を昭和六二年度中に実施するよう行政指導した。

なお五〇〇〇総トン以上の船舶を建造できる特定船舶製造業者で、昭和六三年一月現在特定船舶製造業からの撤退を決定した中小造船業者は、同造船業主要四四社中、債務者会社を含め一九社にのぼつている。

(17) 以上のような債務者会社を取り巻く状況の中で債務者会社は、昭和六二年四月一日の取締役会において、前記の如き新造船の受注状況と今後の見通し、そして船価の著しい低落傾向等からみて造船不況は長期化する公算大であり、前記債務超過の原因も新造船部門にあるので、新造船事業を継続すれば一層赤字の増大を招き傷を深めることになること、また臨時措置法の利用も可能となつたこと等を理由に新造船部門の撤退を決議するに至り同月一七日に東造組に、同月二〇日従業員各自に、それぞれ文書をもつてその旨提示し、東造組と労使交渉に入つた。

しかし、右取締役会において既に新造船部門からの撤退だけでは赤字が増えて倒産を待つばかりであるとして会社解散についての議論もなされていたところ、その後更に円高が進行し状況分析の結果、前記(12)ないし(14)項等の通りの状況で、当初生き残りを目指した修繕船及び陸上鉄構部門だけでは事業継続が極めて困難であり、右両部門は新会社の設立によつて行うのでなければ、親会社である日本鋼管の支援も受けられない見通しのためいずれ倒産は避け難く、臨時措置法による措置を受けられる時期に会社を解散し退職金の支払や負債の整理を行う方が会社経営上得策であるとの判断に至つて、同年五月一二日の債務者会社取締役会において、同年七月末をもつて事業廃止、同年八月末をもつて会社解散、従業員全員退職とする旨決議し、同年五月一九日に東造組に、同月二〇日従業員各自に、それぞれ文書をもつてその旨提示した。

(18) その後債務者会社は、東造組や同年七月六日に結成された全造船東北造船分会と退職条件等につき団体交渉を重ね、後記の通り同年八月二五日東造組との間で退職時期を同年九月二〇日とすることや退職加給金の支払などの退職条件等について交渉が妥結し、協定が締結された。

そして、後記の通り同年九月二〇日までに、債権者らを含む九名を解雇し、精算事務要員一一名を除くその余の従業員は協定に基づき全部円満退職したので、翌二一日以降事業を廃止し(建造中のセメント船一隻の工事は日本鋼管が引き継ぐ)、事実上清算状態に入つていたが、同年一二月一日債務者会社の株主総会において解散が決議され、同日その旨登記された。右解散手続が当初の予定よりかなり遅れるに至つたのは、東造組との団体交渉が八月二五日までずれ込んだうえ、臨時措置法に基づく政府の基本指針の策定が予定より遅れ安定協会に対する売却交渉がそれだけ遅れたこと、解散決議が先行し清算法人となつてしまつた場合、買取対象としての適格性に問題が生じることを考慮したためであつた。

(二) 債務者らの解雇に至る経緯等

(1) 債務者会社は、先の通り昭和六二年四月一七日に当時唯一の労働組合であつた東造組に対し新造船部門からの撤退を提示し、経営再建緊急対策についての協力を求め、解散の方針を提示した同年五月一九日まで八回の団体交渉を重ねて切迫した前記債務超過等の経営状況について説明しその理解と協力を求めていたが、先の通り解散の方針決定により、同月一九日、同組合に経営緊急対策措置についての申し入れを行つて解散の方針を表明した後は、更にこれに絶対反対の基本的態度を貫く同労組に対し、六月二七日まで一八回に亘る団体交渉において繰り返し解散に踏み切らざるを得ない経営事情と、解散が遅れるとそれだけ退職金等退職条件が悪化するなどを説明して説得に努めた。また個々の従業員に対しても、前記(一)(16)項の通り東造組に対する提示の都度各自に文書を配布してその内容を周知させるとともに、債務者会社の社内広報紙である「労務時報」によつて再三会社の窮状を詳細に説明して、従業員の理解を得るよう努めていた。

(2) 債務者会社による前記説得工作により東造組は、職場集会、闘争委員会による検討を経たうえ、同年六月三〇日、臨時大会を開催し、出席代議員七〇名のうち六二名の圧倒的大差で会社解散を受け入れ、退職条件について債務者会社と協議する条件闘争に移行することが決定された。

その結果、債務者会社と東造組との間で同年七月二日から同年八月一九日まで更に二〇回に亘り退職条件等に関する団体交渉が行われ、前記提示にかかる退職条件及び再就職の斡旋(同年七月三〇日に設立された新会社であるドック鉄工等の労働条件を含む)等の問題について漸次上積みがなされたが、債務者側最終提案が同年八月二五日に同組合員全員による無記名投票に付された結果、賛成二八三票、反対八四票により承認されて、ここに交渉が妥結し、両者の間で協定書及び確認書が交わされた。

右協定書等の内容は、要旨次のとおりであつた。

(イ) 債務者会社は、昭和六二年九月二〇日をもつて事業廃止、必要な手続き等を終了後解散。右九月二〇日をもつて従業員全員退職とする。

(ロ) 退職については退職意思確認、再就職斡旋の意思確認等のため「退職届・再就職斡旋申し出書」の提出を求め、右提出者には所定の退職金の外、合意した金額の前記経営緊急対策措置で提示した各加給金を支払う。

(ハ) 「退職届」を提出しない者は、就業規則六六条一項七号により解雇し、右解雇者には所定の退職金の外、退職加給金及び解雇予告手当を支払う。

(二) 退職従業員のうち「再就職斡旋申し出書」を提出した者に対しては新会社のドック鉄工、関連会社の東北造船サービス等に再就職斡旋を行うものとし、斡旋人員二五〇名を目標とする。その他再就職斡旋機関を設け、他企業への斡旋活動を行う。

(3) ところで、東造組との団体交渉が妥結した翌々日の八月二七日、新組合から債務者会社に対し、債権者らが同労組に加盟し、東北造船支部を結成した旨の通知がなされた。右債権者らはいずれも右妥結当時東造組の組合員であつたものであり、債権者中島洋治は同労組の執行委員であつた。

債務者会社は、新組合の団体交渉の申し入れにより同月三一日、九月一日、三日と団体交渉し、東造組に対すると同様に債務者会社がこのまま事業を継続すると退職金も支払えなくなる最悪の事態を招くおそれがあるとして、先の如き営業や経営等の現状と今後の見通しなどにつき詳細に説明し、最早九月二〇日事業廃止、全員退職の予定を変更できないので、東造組と同一内容の協定に応ずるよう説得したが、新組合はこれに納得せず、決算書や製造原価の明細書などの提出を求め、一方債務者側は損益計算書等による説明で十分であるなどとしてその要求に応じないなど平行線をたどつて交渉は一たん打ち切りとなり、宮城労働委員会の斡旋により同月一六日から一八日まで再度行われた団体交渉も不調となつて、右交渉は打ち切られた。

(4) ところで、債務者会社は、東造組との前記協定などによりその締結直後の八月二六日から同月三一日午後一時を前記「退職届・再就職斡旋申し出書」の提出期限として退職者を募集したところ、新組合に属する債権者七名と前記全造船分会に属する従業員二名は右提出期限を九月二日まで延期し、更にその期限を同月四日まで延期するもこれに応じなかつたが、その他の従業員は全員当初の期限までにこれに応じて所定の書面を提出し、協定通り同月二〇日をもつて債務者会社を円満退職した。

債務者会社は、右退職届を提出しなかつた債権者らについては、就業規則六六条一項七号に基づき前記第二、一、1項の通り解雇し、解雇予告手当を供託した。

なお同年一〇月二〇日現在、右退職従業員のうち二二四名が債務者会社の斡旋等によりドック鉄工等に再就職している。

(三) ドック鉄工設立の経緯と債務者会社従業員の雇用

(1) 債務者会社は、前記事情経緯により昭和六二年五月一二日の取締役会において事業廃止、会社解散を決議したが、同社は仙塩地区有数の会社で先の通り従業員も多数擁しており、同社が解散すると地域経済等に与える影響は極めて大きく、地域経済や従業員の解散後の処遇について出来るだけの配慮をすることが必要であり、社会的要請でもあつた。

そこで、債務者会社は、その修繕船、陸上鉄構の両部門が昭和六一年度において合わせて粗利益約三億円を計上することができたので、この両部門を引継いで債務負担のない新規の会社で然るべき経済努力を行えば採算のとれる企業として存続可能であり、そのような新会社が設立できれば、従業員の一部の雇用先を確保できるとともに、地域経済等に与える悪影響を少しでも軽減できるとの判断から、労働組合に提示した経営緊急対策措置の一つとして、右の如き新会社の設立を関係各方面に積極的に働きかけた。

その結果債務者会社の役員二名の外、地元代表として塩釜商工会議所、金融機関代表として七十七銀行、顧客代表として昭和海運、資材関係の納入業者代表として東京シャリング(右各社はいずれも株式会社)、債務者会社の株主代表として日本鋼管からそれぞれ一名宛発起人が出て、この発起人会により新会社設立の手続が進められ、先の通り昭和六二年七月三〇日に設立登記を経由し、ここに船舶の修理及び関連諸機械等の販売、各種橋梁、鉄骨等の製作、修理等を主たる営業目的とする新会社ドック鉄工が設立された。

(2) ドック鉄工は、右目的の事業を行うため、同年七月三一日、債務者会社から同社が船舶の修理、鉄工業等を行つていた土地や設備等とその営業権の譲渡を受け、前記第二、一、1項の通り債務者会社の従業員のうち一一八名を雇用し、同年九月二二日から右土地設備を用いて債務者会社の場合と同様に船舶の修理、鉄工業等の事業を行つて現在に至つているが、右雇用の方法は次のとおり行われた。

すなわち、同社の設立は、前記の通り債務者会社従業員の雇用確保が一つの目的であつたため、一般公募は行わず、債務者会社が同社退職予定の従業員からドック鉄工入社希望の申し出を受け、斡旋名簿を作成してドック鉄工に入社の斡旋をなし、同社の役員や関係部長がその斡旋を受けた者全員の面接を行つて選考し雇用した。具体的には昭和六二年九月二日に債務者会社からドック鉄工に右名簿が提出され、同月七日、八日の両日同社で右面接を行つた後同月一二日から一五日にかけて各人に結果通知された(同年八月二一日付でドック鉄工から宮城県知事宛提出された建設業許可申請書に既に債務者会社従業員五名がドック鉄工の従業員として記載されているが、それは同申請書に一定の資格要件を持つ技術者の記載が必要であつたことから、いずれ採用を要する者を便宜上債務者会社の了解を得て記載していたものにすぎない)。

ちなみにその採用基準は、①身体健全な者、②ドック鉄工の事業に必要な技術、技能、経験を有する者、③債務者会社における勤務成績良好な者となつていた。

(3) 右雇用の斡旋や雇用の手順、採用人員枠、採用基準等は、いずれも同年八月二五日に債務者会社と東造組との間に交わされた前記協定書や確認書により合意ないし相互確認されていたものであり、ドック鉄工等新らたな雇用先の労働条件についても、前記(二)(2)項の通り団体交渉の対象とされ、右協定書等でその合意された内容が確認されている。

しかしながら、それは債務者会社がそれらの決定権を有していたわけではなく、ドック鉄工がその従業員全員を債務者会社の従業員から雇用する関係上、雇用の手順等を債務者会社を通じて同社従業員に周知徹底を図る必要があり、一方債務者会社の方も労働組合の同意を得て予定通り事業廃止を円滑に進めるため、労働組合の要求をドック鉄工に伝え同社の善処を求めるなどして同社から提示を受け、これを労働組合に提示して交渉した結果にすぎず、労働条件についてもまた同様であつた。

(四) ドック鉄工の株主構成等

(1) ドック鉄工は、先の通り債務者会社の従業員の雇用先を確保する等のため債務者会社の修繕船部門、陸上鉄構部門の土地設備や営業権の譲渡を受け、これを主たる事業目的として設立された会社であつたため、当然のことながら、本店所在地が債務者会社のそれと同一であるし、その営業目的も、新造船部門が除外されているだけで債務者会社と殆ど変らず、取引先もほぼ同じであり、営業活動の場もまた同一であつて、従業員も全て債務者会社の元従業員によつて占められている。

(2) ドック鉄工は、債務者会社が単独で設立した会社ではなく、債務者会社のほか一団体五社から発起人が出て設立された会社であることは前記(三)(1)項の通りであり、株主構成も、債務者会社の場合、その所有株式の割合が、ドック鉄工設立当時において日本鋼管約八三パーセント、日本郵船、昭和海運、三井物産各約四パーセント、東日本興業約三パーセント、七十七銀行約二パーセントであるのに対し、ドック鉄工の場合、それが日本鋼管二〇パーセント、宝洋海運産業、近海郵船、オーツカ鉄鋼販売、東日本興業、大倉商事各一〇パーセント、日本エンジニアリング9.9パーセント、東京シャリング(右各社はいずれも株式会社)五パーセント、債務者会社二五パーセント、発起人七名0.1パーセントで、そのうちいわゆる日本鋼管グループの占める所有株式の割合は、日本鋼管、東京シャリングと債務者会社を合わせて四〇パーセントにすぎない(いわゆる芙蓉グループは、富士銀行を核とする旧財閥に属さない一流企業の集りにすぎない)。

そして、ドック鉄工の役員は、代表取締役と取締役合わせて三名であるが、そのうち債務者会社の役員であつた者は、同社の技術担当の平取締役でありドック鉄工においても平取締役の遠藤洋一のみであり、同人の就任はドック鉄工が債務者会社の修繕船部門及び陸上鉄構部門の営業譲渡を受けた関係で当該事業に精通している技術担当の取締役が必要不可欠であつたためのものであつた。もつとも、右遠藤を含めドック鉄工の代表取締役坂本朗及び平取締役永尾慶一郎も、債務者会社の約八三パーセントの株式を保有する親会社である日本鋼管ないし日本鋼管グループの出身者であつた。

4  本件解雇の効力

(一) 債務者会社とドック鉄工との実質的同一性について

(1) 本件解雇の効力を判断するに当たつては、債務者会社の事業廃止、解散が偽装か否か、いわゆる整理解雇の法理が適用されるか否かが重要であるが、それには債務者会社と新会社であるドック鉄工とが債権者主張のように実質的に同一会社といえるかどうかを検討しなければならない。

(2) そこで、前記事実に照らして考えると、ドック鉄工は、債務者会社の雇用先確保等のため同社が親会社である日本鋼管や取引先等に働きかけ、債務者会社の役員二名の外、右親会社、取引先等から発起人が出てその発起人の手によつて設立された会社であつて、債務者会社が単独で設立した会社ではなく、その株式引受人である設立当初の株主構成も当時の債務者会社のそれと著しく異つていることは前記3(四)(2)項の通りであり(本件疎明資料によると、現在でも多少の変動がみられるにすぎない)、いわゆる日本鋼管グループに属すると目すべき株主の割合も、債務者会社の場合に比してかなり少ない。

なお本件疎明資料によれば、債務者会社は、その土地、設備を簿価でドック鉄工に譲渡したことから、その評価益相当部分に課される贈与税の課税を免れる目的で、ドック鉄工の各株式引受人等が振込むべき株金を債務者会社において立替払いし、その株券全部を一時保有して、右土地、設備の譲渡当時譲渡会社が譲受会社の株式全部を保有しているように工作したことが一応認められるけれども、それはあくまで課税対策として行つたものであるから、そのことから直ちに債務者会社が実質上設立当初の全株式を有する株主であつたということはできない。

そして、役員構成についても、ドック鉄工の三名の役員のうち技術担当の平取締役だけが債務者会社の役員を兼務していただけであることは前記3(四)(2)項の通りである。もつとも右三名はいずれも日本鋼管ないし日本鋼管グループの出身者であり、この点本件疎明資料により一応認められる債務者会社の役員構成と共通するところがないではないが、右疎明資料によれば、日本鋼管は債務者会社に対し役員を含む人材の派遣、技術指導、資金援助等親会社としての支援を行つていたものの、債務者会社は同社と独立採算により独自に企業活動を行つていた実質的にも独立した会社であつたことが一応認められるから、ドック鉄工の役員が債務者会社のそれと同系列の出身というだけでは、俄かに両社の役員の実質的同一性を肯認することはできない。

また債務者会社がその労使交渉においてドック鉄工の労働条件等をも交渉の対象としていた点が問題であるが、債務者会社がその労働条件等について決定権を有していなかつたことは前記3(三)(3)項の通りであり、ドック鉄工における従業員の雇用も債務者会社の斡旋により独自に面接等を実施して行つているところである。

そして、ドック鉄工の本店所在地が債務者会社と同一で営業目的も新造船部門を除いてほぼ同一であり、その従業員全員が債務者会社の従業員であつた者により占められている点も、ドック鉄工が債務者会社従業員の雇用確保を主要な目的とし、債務者会社から土地、設備、営業権の譲渡を受けて設立された企業であることの当然の結果にすぎないことは先に認定の通りである。

なお本件疎明資料によると、ドック鉄工の作業員が使用していた作業服、ヘルメット、タイムレコーダー等は、同社の事業開始当初債務者会社のそれと全く同じものが使用されていたことが一応認められるけれども、それも営業譲渡等に伴う事業承継の過渡的時期における一時的現象にすぎないことが明らかである。

却つて、ドック鉄工の土地、設備等については正式に譲渡手続を得て債務者会社からドック鉄工に譲渡されたものであること先の通りであるし、本件疎明資料によれば、債務者会社とドック鉄工との間では、ドック鉄工の岸壁使用料、債務者会社の建物使用料等、相互にその支払を行つていることが一応認められるのであり、ドック鉄工が債務者会社の債務を承継していないことは先の債務者会社解散とドック鉄工設立の経緯に照らして明らかである。

(3) 以上の通り債務者会社とドック鉄工とでは、枢要な株式会社における企業主たる株式構成、その業務執行機関たる役員構成のいずれの点でも異なるうえ、両社の間に会社財産や経理、業務等についての混同も認められないから、かかるドック鉄工と債務者会社とが実質的に同一会社であるとするのは困難であつて、両社はそれぞれ形式的にも実質的にも別個独立の会社であるというべきであり、そうだとすると、債務者会社がドック鉄工として実質的に存続するものということはできない。

(二) 解雇事由の存否について

債務者会社は昭和六二年九月二〇日をもつて解散を前提に事業を廃止し、同年一二月一日同社株主総会の決議により解散しその旨の登記を経たこと、債務者会社が新造船部門からの撤退にとどまらず右の如く事業を廃止し解散することとなった経緯事情は先に詳細に認定した通りであつて、新造船需要と船価の長期低迷、債務者会社の当時の極端に先細りとなつた受注状況、先行き極めて悲観的な営業見通し、新造船以外の部門の営業規模の割合が少なすぎたこと等から事業縮小によるも事業継続は極めて困難な事態にあつたことは否定することができず、企業経営の立場からみてかかる事態に対処するに、臨時措置法による措置を受けられる時期をとらえて事業廃止、解散に踏み切つたことは誠に止むを得ない選択であつたということができる。

そして、同年七月三〇日設立のドック鉄工が債務者会社とは形式的にはもとより実質的にも別個独立の会社で、債務者がドック鉄工の名で実質的に存続するものでないことは前記判断の通りである。

そうだとすると、右事業廃止、解散が偽装であつたとは到底認め難く、真実の事業廃止、解散にほかならないというべきであるから、これに伴い必然的に従業員全員との雇用関係を解消する必要があつたものといわなければならない。

しかるところ、債務者会社は、右のように解散に伴う事業廃止により必要となつた従業員との雇用関係解消の方法として、出来るだけ退職者募集の方法によることとし、当初唯一の労働組合であつた東造組と団体交渉を進め、その結果妥結した協定等に基づき債権者らとその他二名を除くその他の従業員全員から所定の退職届の提出を受けたが、債権者らからは右退職届が提出されなかつたため、止むなく事業廃止予定日である同年九月二〇日をもつて同債権者らを解雇したものであること先の通りであるから、本件解雇は、就業規則六六条一項七号所定の「業務上の事由があるとき」に該当する事由があるということができる。

(三) 解雇権の濫用について

前項判断の通り債務者会社はドック鉄工として実質的に存続するものではなく、債務者会社の事業廃止、解散が真実のものと認められる以上、それに伴つてその従業員全員との雇用関係を解消する必要のあることは明らかであり、前記退職に応じない者について就業規則所定の前記事由により解雇することは止むを得ないものというべきであるから、これをもつて解雇権を濫用するものということはできない。蓋し、この場合に解雇権の濫用を認めると、職業選択の自由や財産権の保障から導かれる企業を消滅させる自由が実質的に否定されることになるからである。

従つて、かかる場合は、一般の整理解雇と異なり、解雇が許されるための類型的な要件を論ずる余地はなく、債権者ら主張のいわゆる整理解雇の法理は適用されないものと解すべきである。

のみならず、本件においては、先の通り債務者会社が事業廃止、解散の挙に出ることも止むを得ない経営状況にあつたことは否定することはできないし、債務者会社はそれまでも人員整理を含む合理化など経営改善の努力をしたものの、予想を超える急速且つ大巾な円高の進行等によつて深刻化した造船不況に抗し切れず右事態を迎えざるを得なかつたものである。そして、右事業廃止、解散に当たつて、債務者会社は、その従業員の雇用先確保のため、関係筋に新会社の設立を働きかけ、ドック鉄工等新会社を設立せしめて、従業員の再就職の斡旋に努め、現に十分とはいえないまでも右ドック鉄工の一一八名を含めて二二四名の雇用を確保したうえ(但し昭和六二年一〇月二〇日現在)、有利な退職条件を提示して退職者を募集し、事業廃止に伴う解雇者を出来るだけ出さないよう配慮したことが窺われるし、また事業廃止等については、債権者らも属していた東造組と多数回に亘つて団体交渉を行い、その理解を得て、事業廃止とそれに伴う退職条件等に関して協定等を締結しており、右協定等締結後債権者らによつて結成された新組合との間でも前後六回に亘つて団体交渉を行つていることは先に詳細に認定した通りである。

そうだとすると、本件解雇は右事実に照らしても解雇権を濫用するものとは認め難いといわざるを得ない。

従つて、債権者らの解雇権の濫用の主張は採用できない。

(四) 不当労働行為の主張について

債権者らは本件解雇は不当労働行為であり無効であると主張するので判断するに、債務者会社は、事業廃止、解散に伴つて全従業員との雇用関係を解消する必要があつたところ、債権者らが前記協定等所定の退職届を提出しなかつたため解雇の手続により雇用関係の解消を図るほかなく本件解雇をなしたものであること先の通りであつて、債権者ら主張の如き差別的意思に基づくものでないことは明らかであり、不当労働行為成立の余地はない。

従つて、右主張も又採用できない。

(五) 債権者らのその余の主張について

債権者らは、以上のほかにも本件解雇を無効とすべき理由等をるる主張しているけれども、本件疎明資料を精査するもいずれも採用できない。

(六) 以上検討したところによれば、本件解雇を無効とする債権者らの主張は理由がないというべきである。

二結語

以上の次第で、本件解雇は有効というほかはなく、その無効を前提とする債権者らの本件仮処分申請は結局爾余の点を判断するまでもなく被保全権利の存在について疎明がないことに帰するから、これをいずれも却下することとし、申請費用につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文の通り決定する。

(裁判官佐々木寅男)

別紙債権者個人表<省略>

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